大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和55年(わ)630号 判決

主文

被告人を懲役八月に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人は

第一  昭和五二年二月二〇日午後〇時二五分ころ、兵庫県赤穂郡上郡町上郡八〇〇番地兵庫県相生警察署上郡警部派出所において同警察署巡査山田憲秋から道路交通法違反(無免許運転)事件について取調べを受けた際、義弟石井一明の氏名を詐称して右無免許運転の刑責を免れようと企て、自己の氏名を石井一明、本籍を兵庫県津名郡一ノ宮町江井一九九二番地、生年月日を昭和八年六月八日と名乗り、同巡査が交通事件原票(告知番号三三七〇七八)を作成するに際し、同原票中の道路交通法違反現認報告書のとおり違反をしたことは相違ない旨記載のある供述書氏名欄に、行使の目的をもつて、ほしいままに「石井一明」と冒書しその名下に指印し、もつて、他人の署名を使用して事実証明に関する私文書一通を偽造し、これを同所で右巡査に対しあたかも真正に成立したもののように装い提出して行使し

第二  公安委員会の運転免許を受けないで、昭和五四年三月一八日午前一一時三〇分ころ、岡山県笠岡市用之江八二七番地の一先路上において、普通乗用自動車を運転し

たものである。

(証拠)(省略)

(法令)

判示第一の所為 刑法一五九条一項、一六一条一項(一五九条一項)、五四条一項後段、一〇条(偽造有印私文書行使罪の刑に従う)

判示第二の所為 道路交通法一一八条一項一号、六四条(懲役刑選択)

刑法四五条前段、四七条、一〇条(判示第一の罪の刑に加重)、刑訴法一八一条一項本文

(弁護人の主張についての判断)

一  公訴権濫用の主張について

弁護人は、本件公訴の提起は、被告人が、昭和五五年四月二六日、別件につき刑の時効の完成により刑を免れたことから、実質はその免れた刑に服させる目的をもつて、かつ起訴猶予相当事案であるのにもかかわらず起訴されたもので、公訴権の適正な運用から著しく逸脱した違法なものであるから、判決で公訴を棄却すべきものである、と主張する。

しかしながら、本件で取調べた各証拠によつても、本件公訴が弁護人の主張するような目的でなされたものとは認められず、また、本件各犯行の動機、態様にてらすと、本件各犯行が起訴猶予相当の事案であるものとは認められず、本件公訴が公訴権を濫用してなされた違法のものであるということはできない。

二  期待可能性が無いとの主張について

弁護人は、判示第一の行為の当時の状況からみて、被告人にその本名をもつて供述書を作成することを期待することはできなかつた旨主張するが、本件で取調べた関係証拠によると、被告人は昭和四四年一二月二五日、岐阜地方裁判所大垣支部で、窃盗罪により懲役六年に処せられ、高山拘置支所で受刑中、昭和四五年四月二六日、同拘置支所から逃走し、その逃走中に判示第一の日時場所で無免許運転の疑で検挙され、自己の本名を名乗ると遁刑中であることが発覚するおそれがあるところから、実弟の石井一明の氏名、本籍、生年月日を称して同人になりすまして判示供述書を作成したものであることが認められるのであつて、右事実によると、なるほど、被告人が本名を名乗れば遁刑中であることが発覚し再収監されるおそれがあつたことが本件犯行の動機となつたのであるけれども、被告人が再収監されて懲役刑に服することは当然の事理であり、右刑の服役にともなう諸不利益を受けることがあつてもそれはやむを得ないのであるから、それをおそれるのあまり本件所為に出たからといつて、被告人に期待可能性が無かつたということはできない。

よつて、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例